SSブログ

黄ばんだ文庫本 [日々の眺め]

本の整理などしていたら、まだ読んでいない文庫本が出てきた。

安西篤子著『壇の浦残花抄』 
塩野七生著『ルネッサンスの女たち』

入院見舞い行ったとき、M氏にもらったものだ。
改めてこの本を手にして、あんな状態でこんな本を読んでいたのかと
M氏を病院に訪ねた日のことを思い出した。

-入院してます。どうやら肺ガンらしい。定期検診で見つかりました。
 現代医学の進歩を信じて頑張ります-

さりげなく書かれたハガキを読みながら
M氏の立て続けに煙草を吸う姿が浮かんだ。
煙草とコーヒー大好き、身体に悪いこと全部好きだと常に豪語していた。

遠地だったこともあり、ようやく見舞いに行けたのは一ヶ月後だった。
地方都市の高台にあるその病院は、癌の患者を多く受け容れていて
入り口を入っただけでも、独特な静けさが漂っていた。
病室を訪ねる途中、廊下の向こうから歩いてくるM氏に会った。
そこにいたM氏は、まだ40代だったはずなのに、まるで7,80歳のおじいさんだった。
その変わり様は・・・言葉を失った。

-やぁ・・・
-元気そうじゃないですか
-まあね。大変な思いをしてるよ。参ったよ。

談話室に行こうというM氏の後を付いていく。
ヨチヨチと歩く後ろ姿は、病状の重さを十分物語っていた。
談話室ではTVが相撲を流していて、ときどきわぁと歓声が上がった。

-ワイフがさぁ・・・仕事を辞めて付き添ってくれているよ
 あいつ、あんなに仕事が好きだったのにさ。可笑しいよね。
-・・・・・
-肩が凝ってひどいんだよ。病気のせいじゃないって言うんだけどね。
 耳も遠くなってるし・・・

お見舞いの変わりにと、M氏の後ろに回って肩を揉んだ。
ごつごつと骨が手にあたり、その加減を模索していると、急にM氏の肩が震えてきた。
-もう一度 元気になりたいなぁ・・・
 煙草も吸いたいよ

振り向いて、M氏は小さく笑った。
-身体に悪いこと全部好きだしでしょ
私も笑った。

会話は途絶えがちで、肩で息をしているM氏に早々と別れを告げると、
エレベーターまで送るよといい、長い廊下を手をつないで歩いた。
エレベーターのドアが開くのを何度も見送るほど去りがたい思いが広がった。
結局はM氏の病室まで付いていった。
病室は4人部屋で、M氏は入り口のすぐ側だった。
シーンとした病室では、耳が遠くなったというM氏とは大声で語ることは出来ず
持っていたメモ紙で筆談した。

帰ります。

ありがと

M氏の最後のメッセージになった文字は、斜めに途切れていた。
立ち上がると、M氏はベットのわきから無造作に本をつかんで
-持ってけよ

-じゃぁ また
-・・・・
-頑張っ・・・さようなら・・・
-・・・
-帰りますね

M氏は無言だった。
病室を出て、ふっと振り向くと首をうなだれているM氏の姿が見えた。

それから二ヶ月後、M氏の訃報が届いた。

本は、帯が付いたまま黄ばんでいた。
手にしてパラパラめくっていると、M氏の「持って行けよ」という声が聞こえてくる。

あれから 20年近くの年月が過ぎているのかと・・・
冬の日、空を眺めながら、M氏への回想のいっとき。





nice!(7)  コメント(13) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 7

コメント 13

sakamono

ずっと前に買って、読んでいない塩野七生さんの文庫を持っていたコトを思い出しました。20年...なんとも切ない文章でした。
by sakamono (2006-12-24 00:30) 

junsbar

お早うございます。何か昨日、本日窓を開けています。
ちょっと寒さの休憩でしょうか

本日のお話 私には重くやはり二人の方の思い出がよみがえります
肩が凝ると話していたら たった2週間で亡くなった彼
結婚もしたばかり、子供も出来たばかりの彼
あの、肩が凝るんだよな から2週間

タバコ好き酒好きのもう一人の彼
誰にも言うなよ・・・
最後に病院のレストランで軽い食事
もう行けよ仕事中なんだから
あの最後の笑みが忘れられません

何か本日の写真・・・・
by junsbar (2006-12-24 07:52) 

レイン

Mさんの方を揉んであげたこと、ベッドの上での筆談。
20年近く前の光景が今も鮮やかなのですね。
by レイン (2006-12-24 08:09) 

何がスイッチで思い出すか分からないのですが・・・亡くなった人を想うこと、ありますね。
思い出した時、風になって優しく頬をなでられているような気分に・・・。
人は頭の中で実に様々なことを考えているんだと思うこの頃です。
by (2006-12-24 09:53) 

夏炉冬扇

こんばんは。写真、最後のが重厚ですね。
肩を揉んだ話、私も兄の足と背中を揉んだり、さすったりした数ヶ月前を思います。「屋上まで行こう」と言って車いすを押させて登りましたが。あれは「私の為」だったかも知れない。
今日は誕生日です。62歳。元気でありたいと思います。
by 夏炉冬扇 (2006-12-24 17:44) 

タックン

楽しいクリスマスイブなのに 何だか重い記事を書いてしまいました。
皆さま コメントをありがとうございます。

>sakamonoさん

塩野七生さんの本は、この本に限らず読んだことはありません。
気になる作家ではありますが、私には難解そうで^^
この年になって振り返る歳月・・・たくさんの出会いがあり、いつの間にか
別れの場面を重ねることに・・・。そういうことかと・・・感じるものがある年の瀬です。


>junsbarさん こんばんは。

今日も穏やかな休日でした。
死と向き合っている人との わずかな時間
一言一言に濃縮された思いが交わされるのですね。
>もう行けよ仕事中なんだから・・・
生の側を見送る言葉・・・切ないです。


>レインさん こんばんは。

しーんとした中でのベットの筆談。あの静けさは記憶に残りました。
あれから20年以上も時間が経っていること・・・この本が思い出させて
くれました。本は再び本棚の奥に・・・今をしっかり生きなければと思います。


>こぎんさん こんばんは。

ホントに この本が出てきたことで思い出のスイッチが入ってしまました。
M氏が どこかで笑っているかもしれません。俺がブログネタになっていると(^^) 私には肉親みたいに親しい人でしたから。
>実にいろいろなことを考えている・・・
それはブロクを通して、まさに実感させられています^^



>夏炉冬扇さん

お誕生日、おめでとうございます!!
クリスマスイブ、世界中の人が祝福を。。。
夏炉冬扇さんにはライフワークがおありになるので
これからの人生は ますます充実されていくのでしょうか。



>とっしー凸凹さん ナイスをありがとうございます。
by タックン (2006-12-24 20:32) 

思い出す人たち・・・
そして思い出の品物がわたしにもあるなあ・・・と思いました。
冬のお日さまの光が遠くに感じるお写真。
静かな日でしたね。
by (2006-12-24 21:07) 

タックン

アカシアさん こんばんは。
そうなのですね~ 冬は、お日様の光が遠くに感じられるのですね。
思い出の人・・・今年も、年賀状を書きながらもふっと筆が止まります。
あちら側に行ってしまわれた方たち。住所禄に消し線が並びます。

イブはどんなお料理を?
わが家はいつもと同じ、豆乳鍋のクリスマスイブでした^^
by タックン (2006-12-24 22:45) 

Ryu

読んでいなかった本を見つけ、昔を思い出す、本をくれた人の事を思い出す。ちょっとさみしいお話でしたが、クリスマスに天国にいるM氏に送るMerry Christmasとしては最高のプレゼントではなかったでしょうか?酒とタバコほどほどにしなければいけませんね!
by Ryu (2006-12-25 13:30) 

タックン

Ryuさん こんばんは。
そうですね。クリスマスの日の話にはどうかと思いましたが・・・
こんなプレゼントもありでしょうか。ありがとうございます。
Ryuさんもお酒がお好きのようですが、くれぐれも御身をお大切に。
by タックン (2006-12-25 20:50) 

東雲

タックンさん おはようございます。
先日しようと思って出来なかった本棚の整理を昨日 ようやく終えました。
でも 何度も何度も“思い出のスイッチ”が入ってしまっては 中断。
朝から始めた片づけが終わったのは 夕方の5時近くでした^^
嬉しい思い出も悲しい思い出も  みんな大切な宝物ですね。
by 東雲 (2006-12-26 08:26) 

タックン

東雲さん こんばんは。
今夜はかなりひどい風雨、窓がガタガタいっています。
本棚や引き出しの中は「思い出のスイッチ」がいっぱいですね^^
「こんなに若かった自分」と出会うと、あぁ~もっと頑張れるんじゃあ
ないかしらと思ったりします。
来年は、ブログも もうちょっと前向きにいこうかな^^
by タックン (2006-12-26 20:15) 

タックン

アッキーさん ナイスをありがとうございます。
by タックン (2006-12-26 20:15) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。